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臨床検査医の方へ

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臨床検査医学への提言

臨床検査医学への提言 第五回 櫻林 郁之介 先生

自治医科大学名誉教授
櫻林 郁之介

なぜ臨床検査医学(臨床病理)を選択したか

「臨床検査医学への提言」とのお題を頂戴して、有り難くも、リレー方式で信州大学医学部 本田孝行教授からご推薦いただいた。
そもそもなぜ私が、臨床病理学を学んだかというと、医学部卒業時に同期3人で臨床をやる前に臨床に近い基礎医学でもっと基礎知識をつけてからにしようとなり、最も臨床に近い基礎医学は臨床病理であろうとなり、当時の土屋俊夫教授と新しい臨床病理の研鑽を積んでアメリカから帰国した河合 忠准教授(後に自治医科大学教授)がおられた日大臨床病理学教室に入局して薫陶を受けたのが人生の転換点であった。
日大駿河台病院に配属され、ポリクリで回ってくる学生の講義、実習を担当した頃、河合先生がアメリカで培った豊富な知識と新しい臨床病理学(臨床検査医学)を日本に導入し始めた時で、先生の研究会や学会の講演、学生の講義などを拝聴しながら新しい臨床検査(臨床病理学)について学んだ。
そんな中、卒後6年目に河合先生から、栃木に新しい医科大学ができるのでどうかとお誘いを受けて、新妻と共に1973年栃木の田圃が広がり、松林の広大の森の中にまだ建設中の自治医科大学に赴任した。そこで、河合先生指導の元、中央臨床検査部の日常業務の中で臨床検査に関する新しい項目の開発、臨床検査試薬会社や検査機器メーカーから持ち込まれた試薬や機器での治験取りや、臨床各科から依頼された臨床検査異常や判読が難解な症例の検討、臨床検査センターでの免疫電気泳動の判読から発見された稀有な症例の検討などを含めた、血漿蛋白異常や脂質リポ蛋白に関する研究を行い、その成果は国内外の学会での発表やアメリカなど外国雑誌に論文として発表した。
また、河合先生がアメリカ留学で会得したRCPCのやり方や考え方は非常に新鮮で、日常使用している臨床検査を用いてそこまで病態を判定できるかと衝撃を受けた。この知識、やり方は臨床病理学実習の中で実践され、我々は臨床検査の読み方を会得して、医学生のためのゼミを開いたところ多くの学生が集まってきたのは、「医学は考える学問である」と言う魅力を感じ取ったからに他ならない。現在、自治医科大学を卒業した学生が全国で活躍しているが、今でも、会うと当時のゼミ生が学生時代の検査の読み方(RCPC)の実習講義の話をしてくれるのを聞くと、臨床検査の魅力を感じとっていたことに感銘を受けるが、彼らが総合医であることと関連があろう。

臨床検査医・臨床医として修行

私自身は平成元年に自治医科大学さいたま(当時大宮)医療センターが建設されて、臨床検査部長として赴任した。この医療センターの診療科の講座は2つにまとめられ、総合医学第一講座と総合医学第二講座に分けられていた。総合医学第1講座に所属する科は内科系で、その中に循環器、内分泌代謝科、消化器、など14科が所属し、総合医学第2講座は外科系で、心臓血管外科、消化器肝臓外科など15科、2つのセンターがあり、それぞれの科に教授がいた。この組織のおかげで、各科の垣根が低く、各科の先生や各部門との交流がたやすく、仕事はし易かった。退職した今でも、現センター長から、看護部、事務系から清掃部、守衛の方に至るまで時々病院(外来診療)に出入りしていても気軽に声をかけていただくのは有りがたい。
センター開設時、初代センター長 池田正男先生が「君は医師なので、診療もやるべきでしょう」とおっしゃっていただき、喜んで内分泌代謝科の一員として診療に携わった。しばらく臨床から遠ざかっていたので最初は最近の薬名も、最新医薬品の本を片手に教え子である各科の卒業生に聞きながら、診療に携わり、かつ検査部長を兼任した。
内科診療では、臨床検査データの重要性に改めて気付かされたが、心電図や各部位の超音波画像、胸部X線やCT, MRI画像などのデータと同様、病態把握に不可欠であるが、データ解析において臨床検査医は個々の検査値の変動や値の信頼限界を知っている点で検査値の見方が臨床医とは異なる場合があることを知った。しかも、患者さんは高齢になると、複数の疾患に罹患しており、他科への協診が必要となるが、そのような場合でも、臨床検査値を幅広く理解しているので、他科への協診依頼が的確になることも多い。
一方、自治医科大学を卒業した医師は総合医として地域医療を一人で背負うような場合も少なくなく、時に内科を標榜していても離島などにおいて医師1人で診療していれば、ドクターヘリを要請するような命に関わるような逼迫した時はいざ知らず、産科や外科あるいは小児科などを引き受けるような状態はザラにあると聞く。すなわち、自治医大の卒業生が勤務している地域では総合医の仕事が当たり前であり、しかも若い医師が僻地で活躍するという今まで日本にはなかった状態が常態化している。今は大学が拠点となる全国ネットワークが構築されて、地域医療に携わる医師の元に専門の医師による診断結果や画像解析などがリアルタイムで配信され、僻地医療の質的向上が実現している。

臨床検査と研究

かつて、虎ノ門病院臨床化学部長 北村元士先生が「検査室は宝の山である」と言っておられた。我々昭和の時代にはまさに宝が眠っていたのか、若い時には色々な研究をさせていただいた。その間に、各科や他施設の先生方、臨床検査技師、研究所、製薬会社、臨床検査試薬会社、臨床検査所などの方々の力を借りて、論文にまとめ上げたが、その大半が臨床検査にまつわる事である。その一部はBlood, Circulation, Proc Natl Acad Sci USA, J Am Soc Hypertens, Clinical Chemistry, Clin Exp Immunol, Immunology, BBRC, Ann Clin Biochem, Clinica Chimica Acta, Atherosclerosisなどに原著として発表できたが、研究者としての自信をつけてもらった事は人生の中で大きいウエイトを占めているが、臨床でも役立つことが多々あり、他科の医師へのアピールにもなった。
卒業時に基礎力をつけてから臨床をやろうという私自身の意思は現在患者さんを診ていてある程度実現しているのではないかと思うが、患者さんの訴えに耳を傾け、患者さんに寄り添う医療を行なえていると思う。その裏には若い時に学んだ臨床病理学があると実感している。

臨床検査専門医活躍の場

H28年の診療報酬改訂で検体検査管理加算に改定が加えられ、「他の診療等を行っている場合はこれに該当しない」の項目が削除され、3年前にさらに解釈が緩和されて、臨床検査医の活躍の場がやや増えたのは喜ばしい。すなわち、臨床検査医が臨床医や病理医として活動していても検体管理加算が付加されることになり、病院での地位の確保と臨床とのつながりを密にする意味でも価値があり、臨床検査医の存在を知らしめる意味がある。
さて、RCPCで磨かれた叡智はどこで発揮されるか、それは総合診療部を含む臨床の現場であり、信大(勝山勉名誉教授、本田孝行教授)がそうであるように、学生の講義・実習でRCPCを実践し、CPCや院内カンファランスで積極的に意見を述べることにより、さらに地位の向上を目指して欲しい。また、医療という広い分野で考えても、自治医大の小谷和彦教授の提唱する在宅・介護医療分野でのPOCTを含む臨床検査の有用性を高めるのは、総合力を持つ臨床検査専門医しかないのではないだろうか。
3年前に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でPCR検査がクローズアップされたが、正直日本の検査体制が出遅れたのは、II類相当に分類されて保健所の管轄となったために、また各種専用検査キットや専用機器の開発が遅れて入手困難になったため、本来スペシャリストがいる検査センターや日常、遺伝子検査を行なっている医療機関の検査室が最初は活躍できなかったのではないか。今後は日本臨床検査医学会の専門委員会が当学会雑誌に発表している通り、抗原検査や抗体検査などの関連検査の意義も公表されており、感染症専門学会、厚生労働省や医師会と一体となり引き続き臨床検査を盛り上げてほしい。POCTとしてのCOVID-19抗原定性検査が良い例であるが、在宅医療や介護分野においても、やがて起こるであろう世界を席巻する感染症のための検査も積極的に導入して、臨床検査専門医が関与できる体制が組めれば、さらに医療現場で活躍する存在になるのではないだろうか。

JACLaP NEWS 142号 2022年6月掲載

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