臨床検査医学への提言 第二回 佐守 友博 先生
医療法人 明和病院 臨床検査部
日本臨床検査医学会 名誉会員
佐守 友博
登 前会長からのリレーということで今回は元会長の佐守から一筆献上させていただく。
登先生の言葉を拝借すると、今年2021年もCOVID-19に医療界は明け暮れることになると思う。前会長はシャープかつ非常にジェントルに我々臨床検査専門医は何をすべきで何が出来ていないかを述懐されていた。まったくもって仰せの通りですが、同じ内容をジェントルとは程遠く、シャープな切れ味も持ち合わせていない私が書いたとしたら、多くの会員が傷つかれ、不快感をいだかれることであろう。それでも言いたい「COVID-19の検査に対しいったい臨床検査専門医は何をしていたのか」、「臨床検査の専門家として、この疾患の臨床にどう携わってきたのか」と。それぞれの臨床検査医が現場で努力をしている時に、その方向性をまとめていくのが日本臨床検査医学会であり、我々日本臨床検査専門医会でなければならない。
Ⅰ.COVID-19と私
獨協医大越谷病院を1988年に退職して以来31年間もの長きにわたり衛生検査所で働いてきた私が、2019年に検査センター勤務に終止符を打ち、2020年1月より市中病院に入職し余生をゆっくり過ごそうとしたと同時に、COVID-19の流行が本格的となった。SARS-CoV2という新しいコロナウイルスが社会(国民)に与えたインパクトは大きく、おそらく医療界・政界・財界・芸術界など様々な分野に大きく影響を与えている。
私は過去に東京医大で血友病患者を多く担当していた時期もあり、HIVという免疫学の解明に大きく役立つウイルスと遭遇した。やはり、AIDSが新興感染症として出現したときの感染者の生存率は低く(死亡率は高く)生存期間も短かった、治療薬の進歩とともに死亡率は低くなり、生存期間に至ってはほとんどの患者が寿命を全うできるようになっている。AIDSについては感染の経路が明確になったうえ感染率がCOVID-19に比べ低いことからか、レトロウイルスに対するワクチンの開発が難しいことと相俟って、まだ効果の確定したワクチンは出来ていない。
このHIVの出現は当時の血友病を治療していた我々医療者には大きなインパクトがあり、このウイルスが免疫学に大きな寄与をしたことが記憶に残っている。
今回のSARS-CoV-2の出現の世界へのインパクトはHIVとは比較できないほど大きく、70歳を過ぎ「もう世の中にビックリするような新しいものは出てこないだろう」と考えていた私にとっても、「こんなものが世に出てくるとしたら、まだまだやることはありますよ」という目覚ましパンチを喰らったような衝撃であった。このウイルスが科学・医学に与える貢献を語るのはもう少し先になるべきと思うが、臨床検査医学に寄与する研究が多くの臨床検査医によってなされることを願う。
Ⅱ.臨床検査部への新型コロナウイルス検査のマイルドな導入
2020年4月6日から発熱外来を開設した当院ではPCR検査を外部に委託することとし、臨床検査部とICTで安全に採取された検体を安全に取り扱うマニュアルを作成した。検査部では常にHBVやHIVやTB菌などの感染対策を行っていたので、各種検体を正しく取り扱う訓練ができていた。臨床検査医がCOVID-19の病態生理と新型コロナウイルスについての正確な情報を伝えることで、臨床検査技師も納得してSARS-CoV-2患者検体を取り扱うことができるようになってくれた。6月にはSARS-CoV-2抗原定性検査と抗SARS-CoV-2スパイク蛋白抗体定性検査の院内導入を行い、当直帯での抗原検査の実施が可能となった。抗体検査は当院の総合健診センターのオプション項目として検体を受け取った。感染拡大が始まりクラスターが発生する寸前の10月半ばに等温核酸増幅検査機器LAMPが2台導入され、日勤帯での院内核酸検査が実施できることとなった。今年3月には当直帯とLAMPのバックアップ機器として同じく等温核酸増幅装置ID-now1台が導入され、術前患者や感染対応に役立っている。
再来するであろう大きな波に備え、この6月にはPCR核酸増幅装置GeneXpert(4チャンネル)1台が導入される予定である。
Ⅲ.新型コロナウイルス関連で臨床検査部が行ったことの一例紹介
私の想像をはるかに越える速さでCOVID-19に対するワクチンが実用化された。
私の所属する明和病院のある兵庫県では、ファイザ―社のワクチンが接種されることとなり、当院では連携型接種医療機関としておよそ800名の医療関係者に対するワクチンの接種が3月28日から開始された。ワクチンは冷凍されたものを近隣の基本型接種医療機関である兵庫医大病院の薬剤部に受け取りに行くこととなった。
3月2日から臨床検査部と薬剤部でミーティングを行い、協力して接種への対応を開始した。最初に行ったことはワクチン液の希釈の精度管理である。ワクチンは解凍後の原液0.45mlに生理食塩水(生食と略す)を1.8ml加えて希釈するとされていた。生食を分取する希釈用5mlシリンジが正しく1.8mlを注入できているかの検討で、数人の薬剤師が1.8mlの目盛まで吸引し試験管内に射出した生食を臨床検査技師がマイクロピペット(Eppendorf)で定量した。希釈用にその時配布されていた5ml用シリンジでは、平均1750μlという結果が得られ、つぎに1.9mlの目盛まで吸引した生食の測定値の平均は1850μlであった。そこで、生食の吸引は1.8と1.9の目盛の中間までと決定し実際の希釈を行うことにした。
さらに当初配布されていた接種用シリンジと針の組み合わせで、接種量の0.3mlを1Vialから何本取れて、シリンジや針のデッドスペースに何μl残りVial容器内に何μl残るかの計量を行った。薬剤部と検査部で最も効率よく分取する方法を考案し、1Vialから5.7人分のワクチンを分取できるようにした。
いま65歳以上の高齢者に接種するために行政から配布されている希釈用シリンジと接種用シリンジとロスの少ない針の組み合わせでも同様の検討を行った。希釈用の3ml用シリンジは正確に1.8mlを吸入・射出できることが確かめられ、1Vialから6.6人分が分取できることを確認している。無駄なくワクチンをより多くの人に接種することに検査部として協力している。
おわりに
以上、新型コロナウイルスに対しできること・できたことの一部を紹介したが、未知のウイルスの出現は様々な試みをする大きなチャンスでもある。多くの検査室からの本誌への「こんなことしてみました」という投稿や「抗体検査の本当の意味での標準化」や「Bリンパ球の奇妙な動き」など免疫学の概念を覆すような論文発表などで臨床検査医学が盛り上がることを期待して本稿を終える。
JACLaP NEWS 139号 2021年6月掲載
- 投稿者: wp-bright
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